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同居しているカニ様の記録だったりあれこれ

カニの栄養学 その2

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お久しぶりです(毎回)。最近の趣味はGoogle Scholarのサーフィンです。
先日陸生カニ類の植物食に関する研究をまとめたレビュー論文を見つけました。
カニたちの世話に役立ちそうなので、今回はこの論文の内容をわかる範囲で紹介したいと思います。

対象になるカニの種類

論文の本文で特に触れられているのは以下の種類です。
カニと銘打ってますがヤドカリも含まれています。

陸生カニは何を食べているか

このレビュー論文で紹介されている食性のパターンをまとめるとこんな感じです。
底性無脊椎動物
藻類
微生物
残留有機
ミナミコメツキガニ
スナガニ
Varunidaeの一部
植物片
微小な有機
ベンケイガニ科
樹上 植物の葉

種などの散布体
藻類
小型無脊椎動物
イワガニ科
ベンケイガニ科
植物の貯水部(ブロメリアや木の窪み) 落ち葉、その他の植物組織(推定) Globonautes
Ceylonthelphusa
マングローブ林底部
塩性湿地
マングローブの葉
藻類
種などの散布体
堆積物
小型無脊椎動物
オカガニ科:Cardisoma, Discoplax
ベンケイガニ科:Neosarmatium, Chiromantis, Armases, Episesarma
スナガニ科:Ucides
陸地

果実や種
表面の苔
キノコ
小型無脊椎動物
オカガニ科:Gecarcinus, Gecarcoidea, Johngarthia, Cardisoma, Discoplax
果実や種
腐肉
無脊椎動物
デトリタス
オカヤドカリ科: Coenobita(オカヤドカリ), Birgus(ヤシガニ
ベンケイガニ科:Geosesarma(バンパイアクラブ)
その他淡水産のカニ

さらに具体的にこういうのが例に上がっています。

 

堆積物 マングローブ  
藻類
Chilorella クロレラ
Enteromorpha アオノリ
Cladophora シオグサ類
Brown algae 褐藻:ワカメやモズクなど含む
Green algae 緑藻:アオサなど含む
菌類 Agaricus bisporus マッシュルーム
Ficus類 イチジク属:ガジュマルなど
Avicennia marina ヒルギダマシ
Bruguiera gymnorhiza ヒル
Ceriops tagal コヒルギ
その他マングローブ植物  
Erythrina sp. デイゴ属
熱帯雨林の落ち葉  
果物
Ochrosia ackeringae 和名なし
Inocarpus fagifer 和名なし
Calophyllum inophyllum テリハボク:沖縄などにも生える
Aleurites moluccana ククイ
Annona reticulata

ギュウシンリチェリモヤの仲間

これは資料中の栄養素の表から抜き出してきたものです。どれかの種に特定しているわけではなくヤシガニなどの摂食対象も交じってます。

もちろんこれ以外にも幅広い植物を食べていると思われます。

ヒルギ、コヒルギはマングローブ植物の一種です。ククイポケモン博士です(ポケモン博士ではない)

キノコはもしかして食べるのではと思ってはいたのですが、キノコ食に特化してなくても生で食べて大丈夫なのが意外でした。

どうやって植物を利用しているのか?

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ところで、この論文が問題にしていることは単に何を食べているかではなくて、なんで落ち葉食べて生活できてるの??ということです。
言われてみればそんな気がしますが、落ち葉というのは栄養価がとても低いようです。
 
この資料でいう栄養価とは、炭素と窒素の比率(C/N比)で代表されています。
僕もあまり詳しくはありませんが、ざっくりと成分の偏りを表しているようです。
動物の体は大体10:1ぐらいの比率でできていて、エネルギーを生み出すATPも2:1の割合でCとNが入っています。
自然にある利用可能な資源はどれもC:NのCが高くなるようです。
植物の組織のC:Nは20以上とか40以上とか(Nに対するCの比だけで表現するのが一般的)になっていて、つまりどうしてもCが多すぎるのです。
同じ重量を摂取した場合、肉類に比べて植物質の方が捨てる部分が多くなります。
消化するにもエネルギーを消費しますから、大量に食べればいいというわけでもありません。
 
植物組織の炭素分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンなどです。
これらは植物の繊維質を作っていて、特にリグニンは木質部を作る頑丈な成分です。
動物にとって消化しにくく、ヒトは消化せずに排泄しています(食物繊維)。
このような成分を利用するには反芻動物のように消化機能を特化させていく必要があります。
 
資料では以下の観点をあげていました。
 

栄養価の低さに適応する

C:N比でいうと人間の場合17:1がギリギリのバランスなところ、陸生のカニは高いもので183.5:1もの比率に適応しているそうです。
これでも体を維持できる理由として、次のように必要な窒素量を減らすような戦略を取っていると推測されていました。

成長を遅くする

体の成長が遅ければ、体を大きくするためのたんぱく質をよりゆっくり蓄積できます。
陸生のカニは総じて寿命が長めで、10年を超えるものが多いです。
また産卵はかなりの栄養消費になるので、性的に成熟するまでの期間が長いなどもあるようです。(Gecarcinid類で3~4年)

自切を控える

カニは防御として脚を自切することが知られていますが、植物食のカニたちは比較的自切しにくい傾向があるようです。

体を大きくする

体サイズが大きくなるほど代謝量を減らすことができ、窒素の必要量が減ります。
大型の種と小型の種での同サイズ個体を比べると大型の種の方が代謝が低く抑えられているそうです。
(なので単に物理的・数学的な理由だけではないようだが詳しい原理がわからない)

繊維質の消化

カニセルロースとヘミセルロースを分解する酵素はある程度特定されていて、草食のカニの場合かなりの消化能力があると見られています。
表を見た限りではオカガニ科はセルロースとヘミセルロースを分解する酵素を複数種持っていて、消化能力が高く見えます。
植物の窒素分は強固な繊維質に守られて取り出しにくくなっているので、これが消化できれば栄養を補えるのでしょう。

タンニンの利用

タンニンは植物が動物に摂食されないように生成している防御物質で、摂取量により消化機能を阻害し動物にとっては都合の悪いものです。
落ち葉にはタンニンが多く含まれていますが、どうやらオカガニの仲間はこれを同化して利用できるようです。資料の表では約40%同化(化学変化を起こして自己の体に利用できる物質に変えること)させたとあります。
この資料で言及されているのはオカガニ科とヤシガニだけでした。
 

飼育個体へ応用する

上記ざっとまとめるとこんなことが言えるんじゃないかと思います。
  • オカガニ類は植物メインに与える
    • それ以外の陸生カニ類はやや肉・果物食寄りに
    • 体が小さい種の方が肉食傾向強めで
    • 落ち葉や腐葉土をあげてみるといいかもしれない
    • 肉類はたまに食べられればいいっぽい
  • きのこも食べる
  • タンニンが多めでも問題ない
  • オカガニ類は成長が遅いもの
    • 脱皮後サイズ変化が少なくても気にしなくていいかも
 
以前動物栄養学や養殖での知見から、エビカニ類は炭水化物の消化が不得手でタンパク質を多めに摂取した方がいいと書きましたが、陸上進出した種に関してはもっと炭水化物に適応した食性を持っているようです。
 
また、この資料を見て試しにうちにあるものをレインボークラブにあげてみたところ
  • フィカス・ベンガレンシス:食べる
  • マッシュルーム:食べない

となりました。

ちなみに以前からガジュマルの鉢をケージに入れていて、これはたまに齧ってます。

レインボークラブが初めてうちに来た日、真っ先に食べたのが床材として入れたヤシガラだったのですが、今思えば納得です。
今でももしかしたら床材食べてるかもしれませんね。
 
今後も手に入る範囲でいろいろ試してみようと思いました。
あと今回の内容はだいぶ端折ったりごっそり削ってるのでちゃんと知りたい人は原文を読んでください。面白いですよ。

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ガジュマルの鉢の傍がお気に入りのカニ