カニの栄養学?
カニたちにより一層健康にお過ごし頂きたいという思いが募るばかりの日々を過ごしています。
どうすればカニたちにもっとおいしくて体に良い食事を提供できるのか、なんとなくのカンや伝聞ではなくもっとちゃんと考えたいと思い、最近動物栄養学について調べています。
まだ浅いですが、得た知識について少しまとめてみることにしました。
(なんでかっつーとまとめようとすることで分かってるところと分かってないところがはっきりするからです)
前提
この記事では以下の点を重視して、代謝のメカニズムなど詳細には立ち入っていません。
- カニの体形に合った専用エサのない中で最適な代替品を選ぶ指針になる
- 野菜や肉を適切なバランスで提供する指針になる
サワガニとレインボークラブ(ナイジェリアランドクラブ)を飼育してますが、どっちかというとレインボークラブの方を意識して書いています。
また、書いてる人は全くのド素人です。間違ったところがあればご指摘ください。
動物に必要な栄養素
まずざっくり動物全般の栄養学について。
動物栄養学においても、人間の栄養学と同様に以下の5大栄養素を考えるようです。
栄養素 | ざっくりした役割 |
---|---|
タンパク質 | 体組織を形成する エネルギー源 生理活性 など |
脂質 | 脂肪・膜組織を形成する エネルギー源 |
炭水化物 | エネルギー源 |
ビタミン | 機能の調整 免疫反応の向上 |
ミネラル | 機能の調整 カルシウムは骨を形成する 抗体の生産 |
必須アミノ酸は動物種ごとに異なりますが、生命維持に必要な栄養素は基本的には一緒のようです。
「必須アミノ酸」というときの「必須」とは「生命維持に必要」という意味ではなく、「体内で合成できないので外から取り込む必要がある」という意味です。
牛などの反芻動物は必須アミノ酸はないとされています。
特定の種類の葉しか食べない昆虫なども、対応する共生微生物が体内で代わりに栄養を合成します。親の昆虫が卵に塗布したりして子に伝えるのだとか。
偏食が可能なのは限られた原料から合成する回路を体内に持っているかどうかによるわけで、必要な栄養素が違うわけではないということですね。
また、各栄養素の役割はお互いに被っていてハッキリ分けられるものではありません。
エビの栄養学
エビはカニに近い動物なので要求栄養素も似通っていると思われます。
養殖もされていて飼料の開発がされているおかげで、少ないながら要求栄養素の情報を得ることができました。
養殖対象となっている、クルマエビ、バナメイエビなどについては以下のようなバランスになっています。いずれも雑食性です。
栄養素 | 要求割合 | 詳細 |
---|---|---|
タンパク質 | 22 ~ 57%(種により幅がある) | 必須アミノ酸10種 アルギニン、メチオニン、バリン、スレオニン、イソロイシン、ロイシン、リジン、ヒスチジン、フェニルアラニン、トリプトファン |
炭水化物 | 24% | 単糖は利用性が悪いため少糖、多糖として |
脂質 | 6.5~16.5% | 脂肪酸1%:(優先順)DHA=EPA>リノレン酸>リノール酸 コレステロール1%前後 リン脂質1%前後 リン脂質・コレステロールが必須になる点が特徴 |
ビタミン | ビタミン・ミネラルと合わせて残りを構成する ビタミンCは1%以上 |
代謝触媒として使われるため他要素量によって左右される |
ミネラル | ヘモシアニンのため比較的銅の要求量多め? | リン、マグネシウム、カリウム、銅、亜鉛 など |
(動物の栄養 第2版:文英堂出版 より)
エビ類は他の家畜(豚や鶏など)に比べてタンパク質の要求量が多いようです。
要因として、エビ類の炭水化物利用性(アミラーゼの活性)が低く、エネルギー源としての役割をその分タンパク質に求めているからではないかと思われます。
哺乳類の飼料では炭水化物は50%以上必要とされているようですが、エビ類ははるかに低いことがわかります。
この辺の事情は魚類も同じで、陸上に比べて水中(特に海)には植物資源が少ないからかな?と思いました。
脂質のタンパク質節約効果(エネルギー源として蓄積したタンパク質の利用を抑える効果)が魚類より低く、DHAなどのn3系脂肪酸が必須になります。
利用の優先順位はあるものの、リノール酸、リノレン酸は動物の膜組織を形成するのに不可欠な脂肪酸なのでやはり必要です。
栄養学的に類似点の多い魚類では、脂質中にリノレン酸が80%以上含まれると過剰症になります。
また、クルマエビはミネラルを海水から取り込むことがわかっています。
カルシウムの吸収を悪くするとしてよくネットの飼育情報で取り上げられるシュウ酸ですが、動物栄養学の書籍で言及しているものは特にありませんでした。(そもそも甲殻類の扱いがとても少ない)
カニの場合を考える
さらに、カニの特徴的な要素からバランスに影響しそうなことを考えてみます。
影響しそうな要素
脱皮
カニは脱皮をしますので、外骨格の代謝に関係する栄養素の要求量が多そうです。
エビと比較して殻が固く厚い分、多少上乗せされるのではないでしょうか。
甲殻類の殻の成分:
殻の成分 | 割合(%) |
---|---|
炭酸カルシウム | 20 ~ 35 |
キチン | 15 ~ 30 |
タンパク質 | 10 ~ 34 |
その他ミネラル、色素 |
そして、新しい殻を形成するためだけでなく、古い殻を分解して脱ぎやすくするための栄養素が必要です。
段階 | 作用 |
---|---|
古い外皮を分解する | キチナーゼがキチンを分解する カルシウムとリン酸を溶かして胃石を形成する |
新しい外皮を生成する | 水中から二酸化炭素を取り込み炭酸カルシウムを合成する 胃石を溶かして再利用する |
ここの代謝で実際どういう栄養素が必要になるかはまだ勉強中です。
しかし、哺乳類などと違って一旦骨を捨てて再構成することを考えると、タンパク質やビタミンなど化学的な変換に関わる栄養素はかなりの量を必要としそうです。
住環境
ストレスのかかり方によって、ストレス反応に関わる代謝に変化がありそうです。
また、オカガニの場合は海中のカニよりも体重を支えるための筋肉が必要です。ただ姿勢を維持するだけでも必要なエネルギー量は多いでしょう。
陸上生活では海中よりも植物が豊富なので、上記のエビより炭水化物の利用に適応している可能性もあります。経験上植物も積極的に摂ります。
セルロースの分解酵素があるかは謎ですが、糖がなかなか吸収されずに糖尿病になる(コイなどはなる模様)ということはないように思います。
エネルギー源としての炭水化物・脂質に気を配りたいところです。
哺乳類や鳥のペットよりは少な目ぐらいに考えればいいのではないでしょうか(もしかして体温の維持が関係してる?)
実際、何を与えるか
資料の必須栄養素を見つつ、栄養成分表を参照してカニに与えやすい食品をまとめてみます
体の構成要素とエネルギー源
分量 | 補給源 | 補足 | |
---|---|---|---|
タンパク質 | 35%以上 | 煮干し、エビ、貝 豆類 ゆでたまご コオロギ、デュビアなど餌虫 |
魚類や貝、甲殻類はビタミンB1を失活するチアミナーゼを含むので注意 |
炭水化物 | 25%前後 | ごはんつぶ、麩、パンくず 野菜、果物 |
パンや麩は米に比べミネラル、必須アミノ酸なども多く含む |
脂質 | 20%未満 | 煮干し、のり、ゆで卵、わかめ | なるべく魚からとれるとよいかも 生魚が与えられるなら理想 |
炭水化物については赤ちゃんのおやつ(クッキー状のもの)もあげたことがあります。
小麦由来であまり砂糖や油を含んでいないものならいいのではないでしょうか。
チアミナーゼによるB1欠乏は気になりますが、それ以外の栄養素は豊富なので煮干しなどは選択肢にあっていいと思います。
ビタミン、ミネラル
ビタミンとミネラルについては色々な食品に少量ずつ含まれているので、バランスがとれるものと補足的なものに分けて考えてみます。
栄養素 | 補給源 | 補足 |
---|---|---|
全体バランス | 小松菜、にんじん、ズッキーニ、干し椎茸、わかめ、コオロギ | わかめはEPAやアラキドン酸など脂肪酸も取れるのが特徴 |
動物性ビタミン (ビタミンA、ビタミンB12) |
肉・内臓類 煮干し、貝類、のり (プロビタミンA:にんじん、海藻、しそ) |
ビタミンAは天日乾燥すると失われやすい 動物にしか含まれず、 植物には体内でビタミンAに変換されるプロビタミンAがあるが、 カニが変換能力を持っているか不明 |
ビタミンD | 干し椎茸、きくらげ、しらす | カルシウムの吸収を促進する |
ビタミンE | 穀類(特に小麦)、ドライトマト | 熱加工に強いので 調理済みのものでも問題ない 胚芽部分に含まれるので白米は注意 |
リボフラビン (ビタミンB2) |
酵母(わかもと、人工飼料)、内臓系 | 人工飼料には酵母が添加されていることが多い |
ビタミンC | 赤ピーマン、果物 | ヒト含む一部霊長類などを除いて グルクロン酸から体内で合成されるが、 グルクロン酸の構成要素であるグルコースが 利用されにくい可能性がある? ので摂取したほうがいいかも |
カルシウム、リン | 干しエビ、煮干し、卵の殻、大豆 カルシウムパウダーやカトルボーン 人工海水から吸収できるかも? |
外骨格の主成分 カルシウム:リン比率が2:1から外れすぎないようにする |
モリブデン、セレン | 豆類、かつお節 | 欠乏する心配は少なく、逆に過剰症が起こりやすいので量に注意 |
銅 | 干しエビ、ほたるいか | 甲殻類はヘモグロビン(鉄利用)ではなくヘモシアニン(銅利用)なので 鉄も不要なわけではない |
手元の資料で「普通の飼料には十分含まれているので欠乏することはない」と書かれている要素以外を取り出してみました。
ありがたいことにカニは雑食なので人間用の豊富な食品成分表を利用できます。
食品成分データベースは自分で選んだ食品をリストにして比較でき、CSV出力もできるのでオススメです。
干し椎茸は意外と食べます。生であげるのはお勧めしません。干して菌自体は死んでいるものをあげた方がいいでしょう。
卵の殻もケージに入れておくとカリカリかじってることがあります。固くて音がするので面白いです。
リボフラビンは内臓をあげれば取れますが、生肉は与えづらければビール酵母が一つの手です。
微小甲殻類であるアルテミアに与えたら大型化して産卵数が増えたという話がありました。(学生の研究?っぽいですが資料にリンク張ってるので読んでみてください)
ビール酵母は最近の人工飼料には結構入っているようです。
雑感
人口餌をうまく使う
個人的な結論としては、市販のザリガニ・カニ・ヤドカリ・水棲カメ用の人工餌を軸に、上記の肉や野菜類を追加で与えるのがいいように思います。
カメの餌は成分表見た限りバランスが結構近いです。リクガメフードはダメですが。
ザリガニの餌はオカガニサイズには掴みにくいため、カメ用の餌の方が使い勝手がいいと思います。
エビの項でも書いたとおり、同じエビ内でも種により必要なバランスが違います。
カニもやはりエビとは違うはずです。
人工餌の栄養バランスや保存性を高める工夫は人間の食生活にも関わるのでとてもよく研究されています。
トカゲやカエルと違って人工餌を利用できるなら取り入れるのは有効なんじゃないでしょうか。
カニは飽きやすい動物なので、特定の餌だけを与え続けるのは難しいです。
ある栄養素に対して候補2種類以上あるのが望ましいように思います。
カルシウムは食品のみでは難しいかも
カルシウムはただ量が入っていればいいというわけではなく、リンとの関係を考えるとカトルボーンなどで余分に与える方が無難です。
リンがカルシウム以上に多く入ってしまうと、せっかくカルシウムが豊富でもうまく使われません。
自分の場合はクルマエビの記述を見て水から取り入れる可能性を考え、レインボークラブの方には時々人工汽水の水入れを設置してあげています。
これから
まだまだ理解するには必要な知識が多い状況なので、より詳しい知識を得てまた確度を上げたまとめができるようにします。
固定メニューがあるとあげやすいので何らかの献立を考えたいです。
大切なカニを幸福にしましょう。
資料
書籍
- 動物の栄養 第2版:文英堂出版
- 動物栄養学:朝倉書店
- 動物飼養学:養賢堂
オンライン資料
- 海産動物多糖の機能化と利用https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/37/8/37_8_608/_pdf
- 【2019年版】餌虫の栄養価を徹底比較 ‐ コオロギ類、ワーム類、デュビア類を比べてみよう - とある獣医の豪州生活Ⅱ
- 微小甲殻類の栄養要求https://www.jstage.jst.go.jp/article/aquaculturesci1953/16/4/16_4_179/_pdf
- 生物界において多様な役割を果たすキチナーゼ その構 造・機能・進化https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/35/6/35_6_408/_pdf
- エビフライのしっぽと二酸化炭素 - やわらかサイエンス|地層科学研究所
- 偏食を可能にする-カメムシ目昆虫の多彩な必須共生細菌たち https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/83/3/83_3_187/_pdf